箪笥
開かない箪笥ばかり置いてある
くつくつ、くつくつ、くつくつ、くつくつ
女は部屋の隅でせわしなく笑っている
先ほどまで、清廉で敬虔な人となりであることの尊さを延々と垂れ流していたラジオは、今は間延びしたノイズ混じりの呻きで空気を濁らし震わせている
押し入れにはこれまでに得た沢山の温もりを詰めてある 開けることはないけども
きっと蛆だとか蝿だとか糞だとか、そんなものばかりに変わってしまっている
布団の横の窓からは始終光が差してくる
赤い光 迸った無数の火花が硝子に弾かれ、奈落の虚へと落ちていく
眼球が景色を溶かしているのか、俺の眼球が爛れているのか、景色が眼球を汚しているのか
あの透き灯りが偽物なのか、聖觴であることを定義したことが間違いなのか、充満する蠱惑的な花弁が白黒なのか
鍵を鋳ることができないものか
男は項垂れ、考えあぐねる
開かない箪笥ばかり置いてある