老師

ズゥン ズゥゥン ズゥゥン ズゥゥン
雨は激しさを増し、暗闇の静寂を反響させる
屋敷のほの暗い洋灯が、それをより引き立てる
影と影とが身震いする
雷鳴が屋敷を包震させる───

窒息状態から解放されると同時に身を刺すような悪寒に襲われた俺は、かといって「欠けた部屋」(勝手にそう呼んでいる)に戻る気にもなれず、未だ続く雷雨に急き立てられるかのように、ゲストルーム(以下客間とする)にある俺の部屋へと足を運んでいる

彼女のことを思う
彼女は脚の1つがとれてしまっている椅子の背もたれに寄り掛かるよう座っている
屋敷の人間なのか、俺と同じ様に招待されてこの屋敷に来た人間なのかどうかさえも定かでなく、素性は未だ知れない
全体的に華奢な体躯をしており、
身に纏う布はこの屋敷にはあまりそぐわない質素なものにみえる

顔を見たことは、ない

大抵は彼女の厚底のブーツに眼をやっている
俺は、年の近い人間の、生身の体をみることが大変落ち着かないのだ
人の体は何処をとっても息が詰まるほど密度が濃い
それが顔なら尚更だ、こればかりは静止画、絵画、どのような媒体を通しても慣れるものではない
老師が噺を始めると、ブーツの色はぐるりぐるりと一つの色にとどまるところをしなくなる
意思表示はは「それ」で行ってくれているらしい

彼女と話したことは一度しかない
低い声で囁き、古傷を疼かせ、異なるものに取り込まれる感覚
他者への恐れを凝縮しながら、自らの畏れを伝えるもの
思うに、彼女の声は、情報量が多すぎる
声ですらそうなのだから、きっと、彼女の顔を見た俺は詰まりに詰まってしまうだろう 其れを円滑に処理するための道具が足りていないのだ

違う、俺の噺を聞かせたかった訳じゃない
俺は直ぐに本末を見失ってしまう
俺は他愛もなく錯綜してしまう
俺は、俺は、俺は、俺は───


俺は  部屋に戻らなければ